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大阪高等裁判所 昭和61年(う)161号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中谷茂、同山口勉連名作成の控訴趣意書記載のとおり(ただし、控訴趣意書第一は事実誤認を、同第二は法令の適用の誤りを、同第三は刑事訴訟法三七八条二号前段の不法公訴受理の違法を、それぞれ主張するものである旨釈明した。)であり、これに対する答弁は、検察官山中朗弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意第三(不法公訴受理の違法の主張)について

論旨は、要するに、被告人と同様の新聞広告を扱う他の広告代理店、新聞社、大手出版社、印刷店等のほか、本件広告に関与した新聞社、印刷店等については全く起訴をしないで、弱小広告代理店を経営する被告人のみをねらい射ちして本件を起訴したのは、差別的起訴であり、公訴権の濫用に当たるというべきであるから、原判決には刑事訴訟法三七八条二号前段にいう不法に公訴を受理した違法があり、破棄を免れない、というのである。

しかしながら、もともと公訴権の行使は、検察官の裁量に委ねられているところであり、その裁量が不当であるとの一事によつて公訴の提起が無効となることはあり得ず、ただ、例えば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合にのみ無効とされることもあり得るものと解される(最高裁昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定・刑集三四巻七号六七三頁参照)ところ、一件記録によれば、本件公訴事実の要旨は、売春クラブ三店の経営者らが、三か所の公衆電話ボックス内に売春の客寄せ宣伝用散らしを合計二七枚貼付して売春客を誘引した際に、被告人はこれに先立ちその情を知りながら、右経営者らに対し、右三店の宣伝用散らし合計一万五〇〇〇枚を販売して引き渡し、あるいは、右経営者らが、約二か月間四一回にわたり大阪日日新聞紙上に売春クラブ二店の売春の客寄せ広告を掲載して売春客を誘引した際に、被告人はこれに先立ちその情を知りながら、右経営者らから注文を受けて右広告を同新聞紙上に掲載させ、もつて右経営者らの各犯行を容易ならしめて幇助したというものであつて、右事案の態様のほか、検察官は被告人のみを理由なく差別して起訴したものとはいえないことなどの記録に表れた諸般の事情に照らすと、本件起訴が、前述した公訴の提起を無効ならしめるような極限的な場合に当たらないことは明らかであるから、論旨は理由がない。

二控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、被告人には、本件「宣伝用散らし」「新聞広告」の内容が、売春防止法六条二項三号に規定されている「売春を周旋する目的での誘引」に該当するとの認識・認容はなく、したがつて、その幇助の故意もなかつたのに、これを認定した原判決は、事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで検討するのに、原判決挙示の証拠によれば、所論指摘の故意の点を含め原判示事実は十分認定することができ、また、原判決が「証拠の標目」の項の後段において、所論と同趣旨の原審における弁護人の主張に対し、被告人には右幇助の意思があつた旨理由を付して説示するところは、すべてこれを肯認することができる。

所論は、原判決は、いわゆるトルコ営業が売春営業をするものであることを前提として、本件宣伝用散らし及び新聞広告中に「ホテトル」「マントル」の言葉があることから、被告人に売春周旋目的での誘引の幇助の故意があつたと認定するが、「ホテトル」「マントル」がそれぞれホテル・トルコ、マンション・トルコの略称であつて、それらがいわゆるトルコ営業と類似のものであることは認識していたものの、トルコ営業はマッサージサービスをする特殊浴場を指すものと考えていたものであり、それが一般的に直ちに売春営業と結びつくものであるとの認識はなく、したがつて、トルコ営業と類似の「ホテトル」「マントル」営業に関する本件宣伝用散らしの販売及び新聞用広告の掲載についても、前記幇助の故意はなかつた旨主張する。しかしながら、原判決は、その判文からも明らかなように、「ホテトル」「マントル」がいわゆるトルコ営業と同様に売春営業をするものであるとの前提の下に、直ちに被告人に前記幇助の故意があると認定したものではなく、本件宣伝用散らし及び新聞広告の内容(特に、時間と料金額の点)、体裁等のほか、被告人が本件正犯者の甲野太郎らから右宣伝用散らし等の注文を受けた際に、同人らに対し警察の取締りに注意するように忠告したりしたこと、あるいは、被告人が他のホテトル業者が検挙されたことを認識していたことなどの諸点を総合して、被告人に右幇助の故意がある旨認定したものであるから、右所論はその前提において既に失当であり、その余の点を判断するまでもなく採用できない。

所論は、原判決は、(一) 被告人が株式会社アド・グリーンの代表者として、大阪日日新聞紙上にホテトル、デートクラブ等の軟派広告を載せていたこと、(二) ホテトル業者が検挙されたとき、その広告を担当した右アド・グリーンの従業員が警察の事情聴取を受け、被告人は後日同従業員からその報告を受けたことを、他の諸点とともに被告人の前記幇助の故意認定の根拠として掲げるが、軟派広告は決して売春広告ではなく、また、従業員から警察の事情聴取の報告を受けるのは会社の代表者として当然のことであつて、いずれも被告人の右故意認定の根拠となり得ない旨主張する。しかしながら、原判決が、右所論指摘の(一)、(二)の点を被告人の前記幇助の故意認定の根拠として掲げたのは、前記新聞広告中のホテトル、デートクラブ等の営業実態が売春営業そのものであることは原審で取り調べた証拠により認められるところ、これらホテトル、デートクラブ等の業者をも顧客として広告代理店を営んで来た被告人が、右ホテトル、デートクラブの営業実態を容易に知り得たはずであることについて、右二点をその重要な事情と考えたからにほかならず、したがつて、これらを他の諸点とともに、被告人の右故意認定の根拠となし得ることはいうまでもないから、所論は採用できない。

所論は、原判決は、被告人が本件宣伝用散らしや新聞広告の注文を受ける際に、前記甲野らに対し警察の取締りに注意するように忠告したり、新聞社から入手した取締情報を教えたりしたことを、被告人の前記幇助の故意認定の根拠として掲げるが、被告人は、右甲野らに対しそのような忠告をしたり、取締情報の教示をしたことはない旨主張する。しかしながら、前記証拠によれば、原判決が掲げる所論指摘の事実はこれを優に認定することができ、右認定に反する被告人の捜査及び公判段階における各供述は、右証拠に照らしてたやすく措信し難く、また、当審証人川崎順一郎の供述も、いまだ右認定を左右するものではなく、所論は採用できない。

所論は、原判決が、被告人の前記幇助の故意認定の根拠として、本件宣伝用散らし及び新聞広告の内容、特に時間と料金額を挙げている点について、被告人は、右料金額が相対的に高額であるのは、特殊なマッサージが含まれているからと考えていたもので、それを売春の対価と考えていたものではないから、右の点を故意認定の根拠とすることはできない旨主張する。しかしながら、本件宣伝用散らし及び新聞広告の内容は、原判示事実のとおり、「私を独占して!!新鮮な果実は一口で 出張OK 九〇分 二〇、〇〇〇円 エンジェル」、「あなたの目で選べます 一八才、一九才のみ、フレッシュギャルの宝庫 出張OK 一〇〇分 二五、〇〇〇円 プライバシーホテトル」、「魅惑のプライベートタイム ギャルはお口が上手 女子大生、モデル、OL、一八才、一九才のみ 私達が考えたシステム 出張OK 一〇〇分 二五、〇〇〇円 ピンクハウス」というものであつて、原判決は、その各内容自体、特に時間と料金額の点から、被告人においても、他の諸点とあいまつて、それらが売春客を誘引するためのものであることを容易に認識できたはずであるとして、これを被告人の前記幇助の故意認定の根拠の一つとしたものと考えられるところ、右の点は、それらが直接に売春客を誘引する内容を含むことからも、本件における被告人の右故意認定上不可欠の重要な事柄というべきであるから、所論は到底採用できない。所論に沿う被告人の原、当審における供述は、不自然で不合理な弁解というほかはなく、前記証拠に照らしてたやすく信用できない。

所論は、さらに、原判決が、被告人の前記幇助の故意認定の根拠として、被告人を含めたアド・グリーンの従業員の間では、同社が新聞広告に載せているホテトル、デートクラブはいつか警察に捕まるということが話題になつたことがあることを掲げている点について、右事実は、北原敬朗及び篠田誠の検察官に対する各供述調書によつて認定されたものであるところ、右両名は原審公判廷では、証人としてこれと相反する証言をしているのであり、原審が右両名の公判廷における証言を採用せず、何ら特信状況の認められない右の各供述調書を採用して、被告人の前記故意を認定したのは極めて不当であると主張する。しかしながら、右両名は、いずれも株式会社アド・グリーンの元従業員であつて、その代表者である被告人の面前で、しかも、被告人が否認している事柄について証言し難い立場にあると考えられるところ、右両名の原審公判廷における証言は、あいまいで不自然な点が多々見られるのに対し、右両名の検察官に対する各供述は、右両名の記憶が鮮明な時期になされたもので、その内容にも不自然、不合理な点はなく、関係証拠によつて認められる客観的事情とも符合している上、右両名とも、右各供述調書について、その内容を読み聞かされて間違いないことを確認の上、署名、指印等をした旨原審公判廷でそれぞれ証言していること、さらに、原審公判廷において、右北原証人自身、「アド・グリーンが新聞広告に載せているホテトル・デートクラブが警察に捕まるだろうなと言つたような気がする。」旨、また、同じく右篠田証人自身も、「会社内でホテトル、マントルの業者が捕まつたとの記事が載つていることの話が出たときに、被告人が気をつけないかんと言つていた。」旨、それぞれ証言している部分もあることなどの諸点からすると、原審が、右両名の前記各供述調書における供述に特信性を認めて右各供述調書を証拠として採用した上、これに基づいて、所論指摘の事実を認定したことは正当というべきであるから、所論は採用できない。

以上のほか、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果を加えて更に検討しても、原判決には所論のような事実の誤認は認められず、論旨は理由がない。

三控訴趣意第二(法令の適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、売春防止法六条二項三号は、同条一項の売春の周旋の予備罪を規定したものであるところ、予備罪の幇助犯については、特別にこれを処罰し得る旨の具体的な規定がない限り処罰の対象とはならないものと解すべきであるのに、原判決が、刑法六二条一項を適用して、売春防止法六条二項三号の幇助犯として被告人を処罰したことは、同法四条の趣旨に反する不当な拡張解釈をしたもので、明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の適用の誤りがある、というのである。

そこで検討するのに、売春防止法六条二項三号は、「売春の周旋をする目的で……広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること。」と規定しているのであるから、同号が同条一項の売春の周旋の予備的段階の行為を処罰の対象とするものであることは、所論のとおりと考えられるが、他方、かかる予備的段階の行為であつても、それが売春を助長し、社会の善良の風俗をみだし、売春の防止にとつて障害となる行為であることから、右同号はかかる行為を独立の犯罪として処罰することとしたものであり、したがつて、右構成要件に該当する正犯の実行行為(誘引行為)が行われた場合に、その幇助犯の成立を否定する理由はないというべきである。すなわち、刑法八条は、他の法令に特別の規定のある場合を除いては、刑法総則が適用される旨規定するところ、売春防止法上には、同法六条二項三号の行為につき、刑法の総則規定である同法六二条一項の適用除外を定める特別規定はなく、また、本件被告人の行為が同法六四条の定める幇助犯不処罰の場合にも当たらないこというまでもないから、原判決が、被告人について前記誘引罪の幇助犯の成立を認めて、同法六二条一項を適用したことは正当であり、原判決には所論のような法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。

四よつて、刑事訴訟法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官尾鼻輝次 裁判官近藤道夫 裁判官森下康弘)

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